オリオンの下で 第二章「三つの偶然」
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それにしても、だ。
世界というのは全て因果関係で成り立っている必然的なものだと、今までの人生の中で俺は思い続けてきたけど、今回ばかりはその考えを改めざるを得ない。
というのも、俺が編入した江ノ崎高校で起きた編入初日の出来事――


この日は偶然が3つ、起こった。


九月一日と言う二学期の始まる素晴らしきこの日に俺は一時間と少しだけ早い初登校をして、職員室の新しい我が担任、四条みさえ先生の所へ挨拶に行ったのだ。
しかしながら、あまりにも早く学校につき過ぎた為に時間が余り、俺は職員室で備え付けの麦茶を飲みながら涼んで時間を潰していた。(ここの職員室では、夏場は入ってきた人には必ずお茶を振る舞うのが決まりになってるらしい。)
暫くして、みさえ先生が登校生徒に挨拶をしに校門前まで行ってしまうと本格的に暇を感じるようになる。
あまりに手持ち無沙汰なので、自分が所属するクラスにどんな人がいるのか、みさえ先生の机に置かれたクラスの座席表らしきプリントを何気なく手に取り、見てみる。
そして発見する名字。
「ぶふぉぉッ!!?」
口に含んだ麦茶を思わず手に持ったプリントに噴きかけてしまった。
「ごほっ、げぼっ、」
「あらあら、大丈夫!?」近くにいたメガネのおばさん先生が心配して雑巾を持ってきてくれる。
「、げほっ……す、すみません」
俺は雑巾を受け取り、膝周りやデスクを拭いて……はぁ、この座席表、染みちゃったり滲んじゃったりで完全にボロボロだよ。困った。どうすっかな……。

読者の皆さんはもうわかると思うが、コレがこの日の偶然其の壱、だ。
お茶(+俺の唾約6%)の滲んで解らなくなったこの四角い箱の中に書かれていた名字。
こんな展開はマンガかアニメかラノベか、はたまたギャルゲーにしかないものだと思っていたのに、
一体、何でこんな事になるんだ?この筋書きは一体誰が用意したと言うんだ!?
そこには明朝体でご丁寧に「天ヶ瀬」と印刷されていたのだった。

大半の生徒も登校を終えた様で、いよいよ朝のホームルームの時間になった。
俺は重い足取りでみさえ先生に金魚の糞みたいにくっついて教室に向かったのだが、例によって教室の前まで来て「廊下で待機令」を下され、先生の教室に入っていく背中を見送った後、俺は自己紹介の文句を考えて、頭を痛めていた。

体は既にガチンガチンだ。自分に集中する視線、思い浮かべただけで心拍数が上がってくる。
本日よりお世話になるのは槙島悠太と言いまして、八月の末にマンション『ヘヴン』越して来ました…なんて事はいわなくてもいいよな。えっと、趣味ですか?珈琲を入れることですかね。家事は得意な方です。幾分親がその辺がアバウトなんで…って、自分から家庭環境について語らなくてもいいか。ん、ス●ブラで使うキャラ?基本はオールマイティーなリ●クですかね?或いはサ●スでじわじわといたぶる戦法もよく使いますね。シューティング?ああ、●方はやります。魔●沙の破壊力も良いですが、自分は霊●を愛用してますよ…って、いきなりゲームの話はないでしょ。アニメですか?ガ●ダムとかロボは好きですよ。今はル●ーシュにハマってます。美少女アニメは、ですか?まぁ、ハ●ヒとかは見た事ぐらいはありますけど…
到底されるはずないであろう質問を想定して無駄なQ&Aを脳内で繰り広げてる一方で俺は一つの懸念事項について考えていた。
無論、天ヶ瀬の事である。
自己紹介の時に向こうが「あっ!?お前は!!」とか、叫んできたら、注目の的になる事は避けては通れない。出来る限り何事も穏便に済ませたい俺にとって、これは重大かつ深刻な問題であった。
因みに天ヶ瀬とは、あれ以降会話してない事もあって一層、俺の頭の中は不安がグルグルと蜷局を巻いている。
「はぁ、どうしたものか…」
思わずついたため息はガラス越しに見える晩夏の朝の空に消えていった。

やがて、みさえ先生は「入って〜♪」と、プレゼントの包みを目の前にした子供のような声で(俺には死刑宣告に聞こえたが)俺の入場を教室のドアを少し開け、腕だけを出して手招きをした。
ここまで来たらば腹を決めるしかない。
なるようになれだ、もう俺は知らん。
扉を思いっ切り閉め、目の前の腕を挟んで、その隙に逃げるとかいう事も脳裏をよぎったのだが、無茶苦茶すぎる、と自分の妄想を否定し、扉を開き中へと入っていった。
自分の目に映るのは何の変哲もないとある一クラスのホームルーム風景。
嗚呼、沢山の見知らぬ人間の視線が集中する。やっぱりこういうのは正直苦手だ、俺は。
カチンコチンの体を無理矢理動かして教壇の前まで来ると、黒板の方向いて名前を黒板に白墨で刻む、これお約束……ってぇ、チョーク無ぇし!!
ジェスチャーでみさえ先生にその事を伝えると彼女は慌ててチョークを俺に投げて寄越した。額にヒットする間一髪のところでそのチョークを受け止める。
チョークを投げつけて良いのは授業中に寝てる生徒だけですよ、先生……。
黒板に『槙島悠太』とチョークを走らせてみるが、最後まで書いたところで少し離れてみる、俺って字、汚いし……。
黒板消しで消し去って、もういち…どわぁッ!?
バギッ
チョークが折れた!?
ええぃ、しゃらくせぇ。
回れ、右。我が新クラスメートたちの方を向く。し、視線が集中するよ。はははっ。大丈夫大丈夫。
こほん、と咳払いを一つ。
「えーっ、本日よりこのクラスに編入するに至りました、槙島ゆう――」
「ああぁっ!!てめーは!!?」
やっぱり来たか、女の子なのに俺を「てめー」呼ばわりかよ。…それにしても女性の声にしては低かったような…
その生徒の方を見る。教室のここから見て右の隅の方。
あ、れ?
そこで机に手を突いて口を馬鹿みたいに開けたまま突っ立っているのは一人の男子生徒。って、あいつは!?
こりゃ、おったまげた。
これがこの日の偶然其の弐だ。
「久しぶりじゃん、悠太!!」
「…お前、こんな所にいたのか…」
コイツは…たしか、一口和彦だ。実は俺の幼なじみ何だが小学校の時に転校していったっきり音信不通だったんだよな。それにしてもコイツ、小学校のガキの頃から変わってねぇな、見ただけで直ぐに分かったし。顔とかそのまんまじゃん。
因みに『一口』は『いもあらい』と読む。未だかつて、初対面の奴はコイツの名字を読めた例がないらしい。
やはり予想通り(渦中の人物は若干違うが)クラスが急にざわつきだす。
なに、知り合い?、そうそうこいつ小学校に別れた幼なじみでさ、何?別れたって?まさかデキてたとか?、なわけねえだろヴォケッ!!、ぴぎゃぁぁッ!!、でもさー、だよねー、男同士って……きゃぁぁっ♪、違うわっこの腐女子どもがッ!!、またまたぁ照れるな照れるな、照れてねぇよバカヤロー、どっちが攻めでどっちが受けなのかしら、見た感じやっぱり一口くんが受けなんじゃない?、きゃぁぁぁッ♪

な、何か、話が意味不明な方向へ進んでってるんですけど(汗)つか、声上げんのやめんかい、この腐女子どもめっ!!
「え、えぇっと、静かに…静かしてぇ」
あらあら、カオスと化した編入生紹介のホームルームにみさえ先生もあたふたしちゃってるし、声も裏返っちゃっ――
「静かに、静かになさい!!」
刹那、教室に鋭い声が響き渡る。
「ほらっ、先生もお困りでしょっ、編入生の話は後の休み時間でも出来ますから、ちょっとの間ぐらい静かになさい!!」
一同、水を打ったようにしーんと静かになる。
「…ったく。では先生、編入生の槙島くんの席をさっさと決めて、ホームルームを締めて下さい。」
あらあら、生徒に指示される先生なんて始めてみたよ。みさえ先生がクラスを見回して空いてる席を探す。
「そ、それじゃあ槙島くんの席は……一口くんの後ろでいいかしら。二人も知り合いみたいで丁度良いし。」
と言うわけで俺は教室の教卓から向かって右の最後列の席、つまりは昼寝に一番持って来いのポジションを転校初日から獲得したわけである。

その声の中心にいた人物はこのクラスの委員長かなと思い、自らの席に腰掛けつつ先ほどの言葉の主を探す、ああ、俺の隣の席の子か――
「――っ!?」
それは数日前引っ越したてホヤホヤの俺を近所のコンビニまでパシらせた―
天ヶ瀬、であった。
目が、合う。
彼女は笑っているのだろうが、その美貌は明らかに歪んでいる。
ふと脳裏をよぎるのは麦茶の滲んだ座席表。何で気がつかなかったんだ?
あまりにも出来過ぎた展開。
これは偶然か?偶然なのでせうか!?
俺は、和彦の後ろという名目でここの席になった以上、隣が天ヶ瀬なのは偶然なのだろうけど、
本当に偶然なのか!?
それとも俺は誰かの筋書きの通りに踊らされているとでも言うのか!?
と、とりあえず、挨拶は人間関係の基本、コミュニケーションの始まり、平和への礎。
「ど、どうも……。」
すんごく怖いが挨拶をしてみる。
パキッ
な、何の音だ?
「初めまして、槙島悠太くん〜?」
上品な言葉遣い、しっかり手入れされたであろう艶やかな髪、膝丈より少し長いスカート。一見すると、まるでどこかのお嬢様のよう。
これが本当にあの、天ヶ瀬ジャージドテラカップ麺(←勝手に命名)なのか?
思わずそれを疑ってしまうが、満面の微笑み、見れば見るほど恐ろしい。この仮面の下の素顔が見える、見えるぞ。
恐る恐る、訊ねて、みる。
「天ヶ瀬さん、です…よね…?」
「えぇ、そうよ。天ヶ瀬夏樹。これから、宜しくね♪」
やっぱり、本物みたいだ…。
「何だ何だ、悠太?お前、天ヶ瀬のお嬢さんと知り合いなのか?」
和彦が後ろを向いて俺と夏樹との間に割って入ってくる。
「あ、あぁ、家のマンショ――チョベリバァァッ!!!」
刹那、臑に凄まじい衝撃が走る。
「ち、チョベリバとか素で言う奴、生で見るの初めてだよ…。」
和彦、感動した目で俺を見るなぁッ!!
ううッ、痛い。
どこかに自分からぶつけた訳ではない。
隣の席から瞬間的に何かが伸びてきたような気が…。
「嫌ですね、一口くん。初対面ですよ、彼とは。だいたい、レディのプライベートをあれこれ詮索するのは関心出来ませんわよ?」
何事もなかったかのようにすました顔で猫を被る夏樹。流石に皮肉の一つでも言ってやりたくなる。
「そら、プライベートがあれじゃ――ぐはらへよッ!!!」
しかし、実行に移すのは間違いだったようだ。
再び臑に何かが激突。思わず言葉にならない声を上げる。
「べ、弁慶は駄目だって、弁慶は…。。」
「何か、言いましたか〜槙島君?」
「い、いえ、別に何も…」
流石にこれ以上は危険だ。俺だって流石に命は惜しい。
「?」和彦はさっきから「よくわかりましぇん。ぐはらへよって何?」という目で俺を見ている。

そして、夏樹は満面の笑みで俺に告げた。
「これから、宜しくね♪槙島君♪」と。
この座席配置が本日の偶然其の参、であった。
今回はここまで。3章をお楽しみに。
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